忘却バッテリー
もし最強の相棒が記憶を失ったら?『忘却バッテリー』が描く新しい野球のカタチ
「中学最強のバッテリー」。その圧倒的な才能で、対戦相手の心を容赦なくへし折り、多くの球児たちに野球を諦めさせた二人の天才がいました。
完璧無比の剛腕投手・清峰葉流火(きよみね はるか)。
そして、冷静沈着なリードで彼を操る「智将」と呼ばれた捕手・要圭(かなめ けい)。
誰もが彼らの進む輝かしい未来を疑いませんでした。しかし、物語は予想もつかない場所から始まります。
高校に入学した圭は、なんと記憶喪失に。野球の知識も、捕手としての技術も、そしてあの冷徹だった人格さえも、すべてを忘れてただの明るい「陽キャ」な素人になってしまっていたのです。バットの振り方も、キャッチボールもおぼつかない。かつての「智将」の姿はどこにもありません。
一方、相棒の清峰は「圭の球以外は捕れない」と断言するほどの“圭信者”。記憶を失い、野球をやる気のない圭をなんとかグラウンドに引き戻そうと、あの手この手で奮闘します。かつて最強だったはずのバッテリーは、片や野球のルールも知らない素人、片やその素人に固執する怪物投手という、なんとも奇妙でアンバランスな関係に。
もし、あなたが人生を捧げてきたものの記憶をすべて失い、周りから「昔は天才だった」と言われたら、どう感じますか? そして、もしあなたが唯一無二のパートナーに忘れられてしまったら、それでも隣にい続けることができるでしょうか?
この物語は、そんな切実な問いを私たちに突きつけてきます。
私がこの作品にどうしようもなく惹かれるのは、単なる野球マンガの枠に収まらない、その深みのある人間ドラマです。
記憶を失った要圭の天真爛漫な言動に笑わされ、時折見せる「智将」の片鱗にドキリとさせられる。彼の純粋な「野球って楽しい!」という気持ちが、物語全体を温かく照らしています。一方、怪物的な才能を持ちながらも、圭がいなければただの野球少年でしかない清峰葉流火の不器用なほどの真っ直ぐさには、胸が熱くなります。
さらに、かつて彼らに夢を打ち砕かれた実力者、藤堂葵や千早瞬平といったキャラクターたちが、この奇妙なバッテリーと再会し、再び野球への情熱を取り戻していく姿も大きな見どころです。彼らの葛藤や友情が、物語にさらなる厚みを与えてくれます。
ギャグとシリアスの緩急が本当に絶妙で、腹を抱えて笑っていたかと思えば、次の瞬間にはキャラクターたちの抱える過去や苦悩に、心を強く揺さぶられる。これは、野球を失った者たちが、もう一度「野球が好きだ」という初期衝動を取り戻していく、再生の物語なのだと感じます。
野球好きはもちろん、心に響く人間ドラマを読みたいと思っているすべての人に、自信を持っておすすめしたい一作です。『忘却バッテリー』、ぜひ一度読んでみてください。きっと、あなたの心にも忘れられない一球を投げ込んでくれるはずです。
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